・ハット
The Hat(1999)

変化のなかの物語


© National Film Board of Canada

 『The Hat』は、帽子に始まる絵の見立てとメタモルフォーゼによって一つの物語を紡いでいく。
 最初に映るのは女性の表情のクローズアップ、聞こえてくるのはショウの始まるざわめきだ。目を閉じた女性の耳に近づいていくと、その奥から黒い男が階段を上ってくる様子が見え、私たちは彼女の幼少期の記憶へと誘われる。男がベッドに横たわる少女の元に向かいスカートの中に手を伸ばすと、音楽は突然コミカルな調子に変わり、弄ばれる少女の幼少期の無垢な感覚を呼び起こす。
 なにかを引き裂く様な音とともに大人に戻った女性は、帽子の男達の前で裸体で踊っている。帽子は男性器の先端や女性の身体の一部に姿を変え、生理的な感覚となって彼女から離れない虐待の記憶と苦痛の感情を観る者に共有させる。頭を男の姿で囚われたまま、操り人形のようにいびつな踊りを続ける女性の身体は帽子の男達の視線で這いつくされ、記憶が具体性を帯びていくにつれ何度も何度も身体は歪み、苦痛の叫びが鋭くなっていく。

 線の強い掠れや墨の汚れはこの作品において感情表現にも似た大きな役割を担っている。それがみせる表情は痛々しくも力強い。ゆらぎが生み出す一瞬一瞬の不安定さは、見る者に心地よい意外性を感じさせ、緊張感を保つ。『The Hat』は墨と余白だけを使ったシンプルな表現で驚くほど沢山の事を語りかけてくる。メタモルフォーゼによって多くの役割が巧みに演じ分けられ、豊かなイメージを紡いでいく。絵の見立てや連想の過程は一つ一つに比喩的な意味を含み、一瞬の変化のうちにとても多くの事を想像させ、そこから目を離すことができないうちにひとつの物語を受け取らせる――性的虐待の記憶に苦しめられつづける女性の姿だ。
 『The Hat』は、アニメーション特有の表現を活かしつつ、感情に肉薄するような説得力を帯びた作品だ。その変化を追って受ける印象はあまりに鮮烈で、あたかも生の感情やイメージそのものを目撃しているかのようである。(銀木沙織



作品DATA
The Hat/Le Chapeau (1999/ 6'01")
監督:ミシェル・クルノワイエ(Michèle Cournoyer)

関連サイト:
NFBの作家紹介:Michèle Cournoyer Overview of Work
NFBのサイトにて全編視聴可

The Hat