ン・ハーツフェルト(特別編)
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ドン・ハーツフェルト――オタワ国際アニメーションフェスティバル(2009)での回顧上映にて

>> http://www.bitterfilms.com/articles-c.html より

――ピクサーみたいなものについてはどう思いますか? ああいった巨大勢力に加わろうと思ったことはありますか?

うーん、変数があまりにたくさんありすぎると思う。だからコントロールが重要になってくるだろうね。自分がやりたいことを全部自由にできる権利があるんだったら、スタジオ・システムには全然反対しないよ。ぞっとするようなインディペンデント作品だって、ぞっとするようなハリウッド映画と同じくらいに多いから。お金がありすぎることも、逆になさすぎることも両方、ぞっとするような映画が出来上がる原因になる。だからインディペンデントでいることに対するロマンティックなイメージなんてものはないんだ。適切なプロジェクトを見つけて、自分のやりたいことをする権利を得るみたいなもので。結局、映画っていうのは大衆のための芸術形態なんだから。誰かに観られない限り、映画は存在しない。だから映画作家は自分の作品をできる限りに多くの人に観られるように望むべきだ。

――そうなると、大衆的な視点というのを考える必要がでてきますね。

そうだね。それがこのメディアだから。あごひげを生やして、手持ちカメラを持ったインディペンデント映画のヒップたちにはうんざりだよ。金曜の夜にコーヒーショップで、しかるべき観客だけに向けて自分の映画を見せる、みたいなね。「そう、俺はセルアウトしたくないし、ああいうやつらに俺の作品は観てほしくない」って。映画制作の本来の目的を無視してると思う。このメディアの本質は、大衆向けのものだってことなんだから。ああいうやつらは個人経営のギャラリーで絵でも描いてた方がいいよ。だから僕はメインストリームのメディアに対して反対ではないんだ。どんな観客だって、映画にとってはありがたいんだ。

――アンドレ・バザンとセルゲイ・エイゼンシュテインのどちらにシンパシーを感じますか。バザンはリアリストで、映画は現実をあるがままに掴まねばならないと考えました。エイゼンシュテインはフォルマリストで、芸術的な生の素材から、固有のリアリティを生み出さねばいけないと言いました。

最初に言っておきたいのは、僕は理論が客観的な真実であるなんて信じたりしないってこと。僕とは折り合いが悪いんだ。実際には、どんな映画にだって両方が必要なんだ。カートゥーンだって、観客を引き込むためにはいくらかのリアリズムが必要だ。観客はそのなにかと一体化して、なにかを理解して、フォルマリズムのための準備をする。そうするとフォルマリズムは彼らを連れ去って、物語を伝えることができる。ニュース放送みたいなドキュメンタリーだって、フォルマリズム的な要素で溢れている。フォルマリズムは必要なんだよ。それなしでは物語は何もできないから。シュジェートがなくなっちゃう(笑)。何の構造もない、単なるニュースリールのフッテージってことになっちゃう。両方を結婚させないといけない。カートゥーンに関しては、ドローイングっていうものは完全に自己言及的だしフォルマリストだ。でも『リリー・アンド・ジム』や『ビリーの風船』みたいな映画を観てみれば、音は完全に現実的なんだ。すっごく生々しくて、ざらざらしてる。彼らは棒線で描かれているけど、本物の人間みたいな音を立てるから、彼らのことを観ていられる。『リリー・アンド・ジム』についてはたくさんの人たちが、実際のカップルの会話にアニメーションをつけたものだと思ってる。『ビリーの風船』には音楽も救いもない。ミニマルで、リアリズムに徹した、本物の音をつけた。すばらしい組み合わせだったと思うよ。どんな映画だって、両方が必要なんだ。

――素晴らしい答えです。エド・ブラニガン[訳注:ドン・ハーツフェルトの出身校、UCSBというアメリカ有数の映画学校の教授]は誇りに思うでしょうね。

僕はAをもらったからね! 理論大好き!


『親不知』(2009) (c) bitter films

>> http://www.bitterfilms.com/articles-k.html より

アニメーションの本質は、実写から離脱してアーティストの頭のなかに飛び込むことにある。「フォトリアル」なCGアニメーションが僕を死ぬほど退屈させる理由はそこにある。そういうヴィジュアルには、想像力がどこにもない。アニメーションというメディアの可能性のすべてを奪ってしまっているんだ。

>> http://www.bitterfilms.com/articles-b.html より

アニメーションを学ぶ学生には自分のお金とエネルギーをアニメーション部分だけにつぎ込まないことが重要だって言っていた。アニメーションの教授は僕がおかしなことを言って聖典を破いているみたいに僕のことを凝視してたよ。

>> http://www.bitterfilms.com/articles-j.html より

新しいアニメーション作家たちには、あらゆる映画祭をおすすめしたいね。君の作品を上映してくれるところならどこでも天恵なんだ。露出するということは本当に重要なことなんだ。区別なしにすべての映画祭にエントリーすべきだ。それと同時に、新作にもすぐ取りかかるべきだ。作品を作ることが一番重要だ。そうすれば、映画祭の人たちは翌年、君の作品にまた気付いてくれる。

――「大きな」アニメーション・フェスティバルが他のフェスティバルに比べてあなたの作品を受け入れないような状況になったら気にしますか

うーん、映画ってのは大衆向けのメディアなんだ。映画を作る理由ってのは、それをみんなに観てもらうこと。音楽みたいにね。誰かが観てくれないと、映画っていうのは存在しない。自分の作品を、一番大きな、「最重要の」映画祭にしかエントリーしないやつらにはうんざりだよ。高慢な態度だと思うね。彼らの目的は、より多くの人たちと自分の作品を共有しようとすることじゃなくて、できるだけ迅速に作品を売ってお金を儲けることなんだ。観てくれる観客は誰だってありがたいよ。どんなマヌケだってカメラを持って映画を撮れるこの時代には特にね。いろんなメディアが頭のなかをぐるぐると飛び回る時代に僕らは生きてる。映画を作るのは簡単になった。でも、人を引きつけるのはこれまで以上に難しくなった。だから映画祭にエントリーするときは、どんなフェスティバルも差別しないようにしているんだ。トレドだろうがカンヌだろうが一緒。世界にはエリート主義者が多すぎるよね。最良の観客は、小さな街にだっているんだから。


『ビリーの風船』(1998) (c) bitter films



○Animations関連コンテンツ
「ドン・ハーツフェルト インタビュー」
土居伸彰「デイドリーミング――ドン・ハーツフェルト『なにもかも大丈夫』『あなたは私の誇りよ』」


公式サイト:bitter films

フィルモグラフィー

1995 Ah, L'Amour
1996 Genre
1997 『リリー・アンド・ジム』Lily and Jim
1998 『ビリーの風船』Billy's Balloon
2000 『リジェクテッド』Rejected
2003 Welcome to the Show/『三次元は休憩』Intermission in the Third Dimention / The End of the Show
2005 『人生の意味』The Meaning of Life
2006 『なにもかも大丈夫』Everything Will Be OK
2008 『あなたは私の誇りよ』I am so proud of you
2009 『親不知』Wisdom Teeth

○DVD情報

「アメリカン・ショート・ショート 1999スペシャルセレクション」[Amazon]
→『リリー・アンド・ジム』が日本語字幕付きで収録。

bitter films volume one: 1995-2005[bitter films]
→"Ah L'Amour"から"The Meaning of Life"までの作品を収録したDVD。140ページ超のプロダクション・ノートや未公開映像、ドキュメンタリーなど、盛りだくさんの内容になっている。

everything will be ok[bitter films]
→普通の人ビルを主人公とした三部作の第一作everything will be okのシングルDVD。DVDには珍しいほどの高画質と100ページ超のプロダクション・ノート(+隠しコンテンツ)付き。

i am so proud of you[bitter films]
→三部作の第二作i am so proud of youのシングルDVD。148ページのプロダクション・ノート付きの限定版。

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