ロック国際アニメーション映画祭2008 レポート
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日目(2008.9.27)

目が覚めたら11時。朝食どころか、コンペ7(カテゴリ3)も終了している時刻ですね。同部屋のニックに「上映逃しちまった、やっちまった……」と言うと「それがクロックさ!!」と笑顔で返されたので「そうさ、これがクロックだ」ということで自分を納得させる。

・マスターマインド
今日の担当者はノルシュテイン。彼の講評を聞くのは久しぶりだなあ。良いところを褒め、「あなたはこういう問題について、例えばこういう本を読んで考えるべきだ」とかなり生産的なアドバイス。大事なことを一つ言っていた。「作品には自分の人生を込めなければならない。」それってロマンティックな考え方ではなくて、実は本質に関わる重要なこと。ノルシュテインのよく言う「ペレジバーニエ(追体験)」。「繰り返す」という意味の「ペレ」という接頭辞と、「生きること」という意味の「ジバーニエ」という名詞が組合わさった言葉だが、それって自分の作り出すキャラクターを作家(アニメーター)が追体験して生き直すというスタニスラフスキー的な意味だけではく、スクリーンの外側にいる観客たちもまたその作品世界を生き直すことができるようにする(幾分エイゼンシュテイン的な)意味も持っているように思う。スクリーンの外側と内側が共鳴しあう(ペレズバニーチ)ことが大事なのだ。そのためには何が必要なのかといえば、(またマスター・マインドでのノルシュテインの言葉を借りれば、)「アイディアとディテールを記憶に結びつけること」なのである。そうすればアニメーション作品は観客の心に届くものになる。スクリーンの中に閉じ込められて観客と関係ないものになってしまうのではなく。

関係ない話だが、今回のフェスでよくわかったのが、マクシーモフの作品はロシアの学生にかなり人気があるみたい。

・恥ずかしいことをする
すべてのコンペが終わって受賞作品へのコメントを考えなければいけない山村さんに電子辞書を貸すなどしてマスター・マインドを出たり入ったりしていると、外国人係のお姉さんに呼び止められ、「あなたにとってクロックとは何か、っていうことをカメラの前でしゃべってほしいんだけど……」とかわいい笑顔で頼まれたので断れない。「なにか気の利いたことを言わなきゃいけないのではないか」と思い、カメラのある部屋にいくまでに頭を高速回転。自分のこの映画祭での役割を考えると、消去法で「島唄」係であるという結論に達したので、「このフェスティバルでみんなと一緒に日本の島唄を歌えたのはとても良い経験だった。クロックというアニメーションの島からぼくらのアニメーションを風に乗せて世界中に届けるんだ!」と今から考えるとかなり恥ずかしことをカメラの前で興奮してたどたどしい英語でまくしたてた。酔ってないのに。外国語をしゃべると別人格になりやすいもんですよね。するとお姉さんは当然のごとく「今ここで歌ってください」とリクエストしてくる。この映画祭での自分のキャラからいって断るわけにはいかないので歌った。しらふでね。俺よりもっとシラフの数人のスタッフに囲まれつつ。酔っているときには気づかないが、みんなで歌っているときには気づかないが、ひとりで酔わずに歌うと、音程が外れたり声が震えていることをはっきりと認識してしまう。歌っている自分の肉体を尻目に、精神はどんどんと殻のなかに閉じこもっていく……

部屋に帰って落ち込む。

昼食時、ヤロスラブリ到着を前に、さっきのお姉さんが「さっきはありがとう、人数限定でアレクサンドル・ペトロフのスタジオに行けるんだけど」とこっそり誘ってくれる。歌っておいてよかった。

山村さんと相談し、ノルシュテインにインタビューを申し込むことにする。友人のチョーマに通訳をお願いしようと頼んでみたら、「ちゃんとした通訳の方がいい」とフェスの公式通訳(かっこいいおばちゃん)の人を捕まえ、お願いしてくれた。山村さんのワークショップのときに英語からロシア語に通訳をしてくれていたので、俺の顔も覚えてくれていて、「ああ、あなたなのね」とにっこりと快諾してくれる。この船に乗っている人は良い人ばかりだ。

・ペトロフのスタジオに潜入
ヤロスラブリに到着。久しぶりにちゃんとした街だ。

レーニン像が指差す方向に歩きました

ペトロフのスタジオまで歩く。「帰りは各自帰ってもらうからちゃんと道を覚えておいてね」と先導のおじさん。結構厳しいこと言うよね。30分くらい歩いてるんだけど。
スタジオに到着。『春のめざめ』の特典映像で観たことある場所。ペトロフさんのお出迎え。

お出迎え

まずは撮影台に。どんなふうに作業しているか実演してくれる。絵の具の塊から『老人と海』の老人が目の前で次第にかたちをなしていく過程はやはり興味深かったしため息が出る。うまいなあ……ガラスの上にプラスティック板を敷いて、その上で描画している。プラスティックの方が表面がスムーズだし、他のシーンに取りかかるときに簡単に交換できるらしい。絵筆を使わず指で描くのも特徴的だが、それもそちらの方が簡単だかららしい。

次第に老人が

部屋を見渡してみると、イメージボードや写真などがぺたぺたと貼られている。

『春のめざめ』のですね

トロフィー・コーナーにオスカー像が無造作に置かれていたので、とりあえず触ってみる。ひんやりした感触。

隠されるように置かれたオスカー

上映ルームに行き、『春のめざめ』のメイキング映像をみせてもらう。ちょっとびっくり。実写で俳優を撮影し、それを3DCGでモデリングした空間のなかに合成し、それをガイドにアニメーション映像を作っている。これってアニメーションじゃなくて単なるデコレーションだよ。しかも元の素材がひどいし……素人に演じさせて、モデリングされた建物自体も出来合いのものでしかない。しかも「昔は滑らかな絵にするために気を遣いながら描いていたけど、今はあとからコンピュータのソフトで簡単に滑らかにできることがわかっているから、そこまで気を遣わなくてもよくなった」って言ってました。えーと、じゃああなたはこの手法でなにがしたいんでしょう。滑らかさへのこだわりはいったい何のため? 
その後。作品を未見の人のため『春のめざめ』の上映会が始まったが、俺はもう随分と観ているので、何人かと一緒に部屋を出る。
彼は最近スタジオの中に学校を作っていて、今日は生徒たちが作業しているということで、ちょっと様子を見せてもらう。

生徒たち。俺、ペトロフさんにすげえ見られてる。

・ネットカフェ騒動
その後、途中退出した何人かと一緒に船に帰る……のだと思ったら、みんなネットがしたいらしく、ネットカフェを探すことに。カザン出身で中国人とロシア人のハーフの作家の女の子としばらく話していたが、「モスクワに住んでるの?」とこっちが質問すると「あなたこそ東京に住んでるの?」と返され「もう学校は卒業したの?」と質問すると「あなたの方こそもう高校は卒業したのかしら?」とかなんだか年上のお姉さんに遊ばれている子どもの扱いを受けた感じだったが、美人だったのでそれはそれで悪くなかった。(ちゃんと普通にしゃべってくれましたよ、一応言っておきますけど。)

ヤロスラブリは結構不穏な雰囲気の漂う街だった。一人の若い女性が男たちに集団で囲まれていて、女の方がわめきながら一人の男と揉み合いになっていたり(ロシア語がちゃんと分かる例のハーフの子が言うには「単なる痴話ゲンカ」らしいのでそのままにしておいてしまったが……)、ビール瓶を持った男二人組が怒鳴りながら携帯でしゃべっていたり、なぜか頻繁に割れたスイカが落ちていたり(みんな怖々と上を見上げたりしていた。スイカ落ちてきたら嫌だしね)。警官にネットカフェの場所を聞いても「知らない」とか言われるし。「コカコーラが飲みたい!」と突如言い出した『ワイス』の作者が売店に入っていったが10分くらい経っても戻ってこず、さすがにみんなの中にも不安げな空気が漂う。無事戻ってきたので良かったが。(買い物のシステムが分からなかったらしい。そしてペプシしかなかったらしい)かと思えば人懐っこい若者が話しかけてきて親切にネットカフェの場所を教えてくれたり。

スイカが割れて落ちてる

映画館の地下にある薄汚いネットカフェに行くと、客はみな小学生くらいで、店員もどうみても中学生にしか見えない。あれあれ、こどもの国に来ちゃったのかな? ロシアっていちいちこっちの予想を上回る事態を起こしてくる。とりあえず10分だけネットすることにしたが、日本語が読めるエンコードを探すだけで8分くらい無駄遣い。「こりゃ延長だな」と思いつつgmailを開いたが、一通もメールが来てなくて落ち込んだ。(メールの転送設定を間違っていただけですよ。)そんなわけで時間通り10分で終わり。
しかし"Lovesick"のスペラ以外はみなまだ終わっておらず、仕方ないので二人で先に船に戻ることに。だが驚くべきことに、出口のドアが閉められていてしかもロックがかかっている。店員もいない。閉じ込められた。これにはさすがに焦った。客の小学生たちに「なんで閉まってるのか」と訊いてみたけれども、ネットゲームに夢中な彼らは「わかんね」と返すだけ。不安な気持ちで10分くらいそわそわしながら待っていると、ようやくドアが開いた。店員がトイレに行く間に客が金払わず逃げないように閉めていたらしい。なんだよもう……「すごい怖かったんだけど」とスペラ。チキンな俺はもっと怖かった。
船に戻るまでの道で、スペラと珍しくアニメーション談義。彼女は"Lovesick"で随分とたくさんの世界中の映画祭に招待されており、作品を観る目も結構鍛えられている。ペトロフの作品がどんどん駄目になっていっていることもちゃんとわかっている。(このフェスに来ている若い作家のなかには、ノルシュテインの名前さえ知らない人も結構多い。)影響を受けた作家を質問してみると、「ノルシュテイン、山村浩二、キャロライン・リーフ」と名前が挙がる。あれ、あなた人形アニメーション作家だよね? 人形もので好きな作家はいないのか、と訊くと「ノオ〜〜」と返される。ドイツでは立体アニメーションを教えられる人がおらず、DVDもほとんどなくて勉強することもできず、全部自己流なのだという。指導教官はライムンド・クルメで、ご存知のように彼は平面作家のなかでももっとも平面的な作品を作る作家であり、はじめのうちは立体に対して嫌悪感を持っていたらしく、かなり苦労したらしい。(最終的にはうまくいき、彼女の作品のことも気に入り、学校を卒業した今でもいろいろと指導してもらっているとのこと。)このフェスではいろんな国の学生事情(+著名な作家の先生事情)を知れたのでよかった。みんな一様に同じような悩みを抱えている。先生がいない、勉強しようにもDVDがほとんど出ていない、発表の場所がない、お金が稼げない……

・そわそわ
夜、山村さんといるときにノルシュテインが通りかかったので、思い切ってインタビューをお願いしてみる。快く引き受けていただく。明日の朝9時……

夕食後、明日のインタビューに備えて部屋に閉じこもりいろいろと準備。バーであったアレクセイ・アレクセイエフの上映会に15分遅刻。この人の作品は全作短いので、もう最後の作品。観たことある『KJFG No.5』。終了。観客に子どもが多かったが、皆湧いていてアンコールまでかかる盛り上がりよう。アンコールで上映されたのも観たことあるやつだった。残念。なんだか損した気分。ここではじめてどの人がアレクセイエフなのか判明する。マンドロギで一緒に散歩してた人だ。

サンクトの遠足で一緒だった『ミルク』のアニメーターのカナプリョフさんにインタビューを取ろうとするが、もうすでに2時から飲んでいるらしく、「あなたのことを知りたいのですが」と言うと、手持ちの小さなサムソンのノートパソコンで家族の写真のスライドショーを見せられる。だめだこりゃ。生まれた年を聞き出すだけで30分以上かかった。(翌日の朝の放送で、「サムソン製の小さなノートパソコンを無くした人がいます。どこにあるかご存知の方はご一報ください」と放送が流れたときは笑いました。)

今日はさすがに酒も(あまりたくさん)飲まず、早めに寝る。緊張して眠れないかと思ったけれど、瞬殺だった。8>


クロック国際アニメーションフェスティバル2008 7日目 < 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 >