ゴール・コヴァリョフであること
 クリス・ロビンソン(訳・土居伸彰
Chris Robinson, “Being Igor Kovalyov"(2000) from Unsung Heroes of Animation(2006)
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ァウスト期

 1991年、コヴァリョフは魂を売った。90年のオタワでグランプリを受賞した後、アメリカでの上映へと招かれた。ハンガリー人のアーティスト、ガボア・クスポがその上映のうちのひとつにいた。クスポは、その当時の妻であるアーレン・クラスキーと共にアニメーション・スタジオを設立したばかりだった。「一般の観客のために僕の作品を上映していたのだけれども、そこにガボアもいた。彼は僕をスタジオに誘い、そこで彼の友人たちにも僕の作品を見せた。」上映の後、クスポはコヴァリョフにスタジオでの職をオファーした。しかしコヴァリョフはそれを拒否する。「三部作のうちの二本目(『アンドレイ・スヴィスローツキー』)の制作が始まっていたから無理だと言った。その作品を終わらせないといけなかったから。」クスポは資金提供の話を持ちかけたが、コヴァリョフは、この作品はロシアで仕上げられなければならないと考えていた。『アンドレイ・スヴィスローツキー』が完成すると、コヴァリョフはクスポのオファーを受け、クラスキー・クスポで働くことにした。「人生は一度しか生きられない」とコヴァリョフは言う。「だったら断る理由はない。」タタルスキーとの創造的な面での違いがコヴァリョフの決断を促したようだ。「アレクサンドルと僕は決してケンカしなかった。僕らは完全に違うタイプの人間だったから。僕が思うに、彼はもっと商業的な作品をつくりたがっていた。」そして1991年の終わり、コヴァリョフはハリウッドへと向かう。それ以来、夢の生活を送っている。『ぎゃあ!!!リアル・モンスターズ』(1994)や『ラグラッツ・ムービー』(1998)といった他愛もない作品を監督することと引き換えに、コヴァリョフは個人制作の作品を作り続けるための自由な権利を与えられた。
 “Bird in the Window”(1996)は、イゴール初のクラスキー・クスポでの製作作品で、三部作の最終作である。この作品は、過去と現在のノスタルジックで夢のような混交、そのなかでの子供と大人の間の絶えることなき緊張感、そしてその質と深みという点でイングマール・ベルイマンの『野いちご』(1957)やタルコフスキーの『鏡』(1975)に比肩する。男が、二人の中国人と小さな子供(男とコミュニケートしようする子供の試みはいつも母親によって阻止される)、そして庭師と暮らす女のもとに帰ってくる。現実と夢が重なり合う奇妙な出来事が突発した後、男は、自分に何かが隠されていて、それを見ることができないことに不満を募らせ、再びそこを去る。男が正面玄関へと向かうと子供が追ってくるのだが、そのままバルコニーから飛び出して死んでしまう。男は帽子のつばを下げ、そのまま去る。最後のシーンは、家から取ってきた鳥の像を眺めながら灯台のそばに佇む男の姿だ。
 “Bird in the Window”でコヴァリョフが試みるのは、”Hen, His Wife”と『アンドレイ・スヴィスローツキー』の緊張感をまとめあげて一体化することで、アイデンティティと裏切りとの対峙に決着をつけようとすることだ。到着したばかりの男はマッチョイズムと自分への自信を漂わせている。しかしわれわれが徐々に目撃することとなるのは、子供や女(母親であり性的なもの)、そして中国人の男(外国人として、そしてホモセクシャルなものとしての「他者」を意味する)が背後に潜む心的な扉と向かい合うことによって、この男性的な外見が崩れさっていく様子である。結局、子供の死は過去の死を象徴し、それとともに無垢と自由も死ぬ。三部作のラスト・シーンが見せつけるのは、大人へと成長したところ、突如として卑しめられてしまい、過去のくすんだ思い出だけを手に一人残される男の姿である。未知のものに対する不安が過去を裏切らせる。
 すべてのコヴァリョフ作品同様、”Bird in the Window”はかなり個人的なものである。舞台となる家は、コヴァリョフが三人目の妻とその娘と共に暮らしていた場所である。父親であり夫である人物は、自分の家にいても他人のようであり、もはや自分はここにいていい人間ではないと考えるに至る。中国人の兄弟と何ら変わらぬほどに他人なのである。男は、自分が愛し、守るはずである存在を理解できなかった。そして自分さえも理解できない。彼をもっとも必要としているはずの子供は、見捨てられて死んでしまう。”Bird in the Window”が完成するころには、コヴァリョフは妻のもとを離れていた。
 コヴァリョフ作品における音や音楽の使い方には特筆すべきものがある。サウンドトラックは最大限に機能的である。”Hen, His Wife”や”Bird in the Window”でわかるように、楽曲を耳にするのはときおりのことだ。『アンドレイ・スヴィスローツキー』は本質的にサイレントである。「音はとても重要なんだ。ラフなアイディアを思い浮かべるとき、いつも音を想像している。音だけで聴いてみることもいつもしている。」ブレッソンやドライヤーのように、コヴァリョフは感情の共鳴として音楽を使用している。「音楽は背景に退いてほしくない。僕の作品では、音がない方が表現として強くなる部分はあまりないと思う。」
 コヴァリョフの目下の最新作『フライング・ナンセン』(2000)は、他の作品とは少々毛色が異なる。楽曲の使用が少し増えたことに加え、時にかなり笑える作品となっている。(たとえばナンセンは、スキーを履きながら逆立ちするのに丸二日かける。)実際、最初のアイディアはギャグの散りばめられたコメディーだということだった。しかし、それがうまく機能しそうにないことをコヴァリョフは感じていた。
 子供のころ、コヴァリョフはノルウェーの最も有名な探険家[フリチョフ・ナンセン]の日記を読んだ。日誌形式で書かれていて、冒険譚に溢れていた。後になって、コヴァリョフはナンセンをもとにしてスケッチをした。そのドローイングを見つけたコヴァリョフは、原作の日記は必要としないことを決めた。結局、作品は実際のナンセンの人生とはまったく関係ないものとなった。
 『フライング・ナンセン』は、コヴァリョフが始めてコンピュータを利用した作品だ。ディーマ・マラニチェフは、コンピュータを使えば作品制作がもっと早く簡単に仕上がるとコヴァリョフに説いた。コヴァリョフは確信をもてなかった。「そんなこと信じられなかった。それまでは、濡らした紙に茶色のインクを使って、ぼやけた効果を出していた。手でやる作業なのでとても時間がかかってしまうのだけど、コンピュータでもその効果が出せることがわかった。しかしまだテクスチャーがなかった。とても困難な作業だったよ。僕のところの優れたテクニカル・ディレクターは不可能だと言っていたのだけど、彼は二日間作業しつづけ、ついにやり遂げた。」コヴァリョフは、コンピュータを使ったことに観客が気づくのではないかと心配していたが、彼の心配は杞憂だった。『フライング・ナンセン』は彼のそれまでの作品と同様のリズムを持っていて、コンピュータを使うことでもたついて感じられるようにはならなかった。コヴァリョフの抑えた茶色のトーンの肉太なグラフィック・スタイルは、そっくりそのまま残った。実際のところ、『フライング・ナンセン』がコンピュータを使用した作品だと知った人々は驚いた。
 他の作品同様に、いつの時代でどこを舞台とした話なのかはまったくわからない。途中で挿入される曜日には何も意味がない。ナンセンは、熊や猟師、妻と出会い、最終的に旅を続けることになる。北極探検を自慢するマッチョな冒険家のパロディーのようなものだ。しかしなんのために? 冒険は何を動機に行われているのだろうか? おそらく、コヴァリョフが自分の孤独と寂しさを受け入れたということだろう。家族はやってくるが、去っていく。彼は一人で残される。『フライング・ナンセン』はコヴァリョフによる独身貴族映画である。
 『フライング・ナンセン』は動くフレスコ画のように感じられる。作品の終盤、コヴァリョフはジョットのフレスコ画を複製しているが、すぐに両者の人物描写が似たような表現であることに気づくだろう。実際、コヴァリョフ作品はすべて動くフレスコ画であると考えることは、まるで見当はずれというわけではない。カメラはたやすく動き回るのに、皮肉なことにキャラクターたちはいつも動きを制限されている。境界があり、制限があり、壁がある。彼らはフレスコ画に描かれた人物のようだ。ジョットの多くのフレスコ画のように、キャラクターたちの凍りついた顔には、われわれが完全には理解することのできない感情が満ちている。
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